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鳥取地方裁判所 昭和63年(モ)156号 決定

申立人(原告)

小室安正

右訴訟代理人弁護士

高橋敬幸

高田良爾

相手方(被告)

米子税務署長

遠藤俊英

右指定代理人

宮城健次

右当事者間の当庁昭和六一年(行ウ)第二号更正処分取消請求事件について、申立人から文書提出命令の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一  相手方(被告)は、本紙訴訟における推計課税のため抽出した同業者である昭和六一年一〇月七日付相手方(被告)準備書面(一)別表三ないし五に記載する米子税務署管内のA、B、C及びDについての、昭和五四年分ないし昭和五六年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)の写し(申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの)を提出せよ。

二  申立人(原告)のその余の申立てを却下する。

理由

一  申立人(原告、以下「原告」という)の本件申立ての趣旨及び理由は、「文書提出命令申立書」、「文書提出命令申立書補充書」、「同(二)」及び「同(三)」各記載のとおりであり(但し、更生処分とあるを更正処分と訂正する。)、相手方(被告、以下「被告」という)のこれに対する意見は、「文書提出命令に対する意見書」及び「同(二)」各記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当裁判所の判断

1  原告申立てに係る青色申告決算書(以下「本件青色申告決算書」という)が民訴法三一二条一号の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に当るか否かについて先づ検討することとする。

ところで、同条一号において、いわゆる「引用文書」を所持する当事者にその提出義務が課せられた趣旨は、その当事者が、裁判所に対し当該文書を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申立てることによりその主張が真実であるとの一方的な心証が形成されるのを防止し、当事者間の公平を図るためその文書を相手方の批判にさらすべきであるという点にあり、右のような趣旨に照らせば、右のいわゆる「引用文書」とは、文書そのものを証拠として引用する場合の他、その主張を明確にするため文書の存在・内容につき積極的に言及した場合の文書も含むと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、一件記録によれば、被告は、本訴において被告抽出に係る同業者らの各当該年分の売上金額、売上原価額及び算出所得の金額(売上金額から売上原価及び標準経費の額を控除した後の金額)から売上原価率及び算出所得率を算出し、それらの数値を昭和六一年一〇月七日付被告準備書面(一)別表三ないし五に表示したものの、右各数値は本件青色申告決算書或いは青色申告した際の金額に基づく旨の明示の主張はしていないし、他方証拠としても「「昭和五四年分ないし昭和五六年分の酒類小売業者の課税実績表」の報告について」と題する広島国税局長作成の被告宛の通達書(乙第二号証、以下「本件通達書」という)及びこれに対する右各年分の被告作成の「酒類小売業者の課税実績表」と題する広島国税局長宛の報告書(乙第四号証の一ないし三、以下「本件課税実績表」という)を提出しているにすぎず、本件青色申告決算書自体は右課税実績表にも明示的には言及されていないことが認められ、これによれば、被告の主張及び立証は直接には本件青色申告決算書とは別個独立の本件課税実績表に基づくものであるということができる。

しかしながら、被告は、本訴において、選定条件の一つとして各年分を通じて所得税青色申告につき税務署長の承認を受けている者を類似同業者として選定し他の条件と相俟つて右選定は客観的な合理性を有する旨主張するとともに、右通達書には所得税法第一四三条(青色申告)の承認を昭和五四年以降昭和五六年分まで受けている者を本件課税実績表を作成する際の対象者とする旨記載されていることが認められる他、右通達書の作成に関与した証人土井哲生は、類似同業者の選定に際し青色申告の承認を受けた者という条件を附したのは青色申告書の内容は信用することができこれを基に資料を作成させようとした旨証言し、以上の点を考慮すれば、本件課税実績表が被告抽出に係る同業者の本件青色申告決算書に記載された金額を移記して作成されたものと認められる。

そうすると、前記のとおり、被告の本訴における主張及び立証が直接には本件課税実績表に基づくものであるとしても、客観的かつ実質的には本件青色申告決算書に基づくものであるというべきであり、先に認定した本件事実関係の下では、被告は自己の主張を明確にするために本件青色申告決算書の存在及び内容に言及し、かつ右言及も積極的になされていると認めるのが相当である。

以上の検討によると、本件青色申告決算書はいわゆる「引用文書」に当たるというべきである。

2  次に守秘義務の問題について検討する。

民訴法三一二条に定める文書提出義務は、公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一性格と解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号などの規定が類推適用されるべきところ、本件青色申告決算書に個人の秘密に属する記載のあることは弁論の全趣旨より明らかであるうえ、被告は職務上知り得た右事項につき国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によつて守秘義務を負うものであるから、本件青色申告決算書の原本それ自体の提出義務は免れるというべきである。

よつて、原告の主位的申立てはその余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  そこで更に原告の予備的申立てについて検討する。

前記のとおり、被告は原本それ自体は守秘義務の関係から、提出義務はないものの、本件青色申告決算書の記載中、申告者及び税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名など申告者の特定につながる固有名詞を削除した文書(写し)については、これを提出したとしても、特段の事情のない限り納税者の営業、財産などに関する秘密を漏泄するおそれが直ちにあるといえないと考えられる。

被告は、この点につきそのような写しであつても申告者の特定が可能になり更には申告者が事業内容などにつき調査を受けるなどの弊害を生じたことがある旨主張するが、少なくとも本件について右のような弊害等が生じる具体的危険の発生を認めるに足りる証拠はなく他に右特段の事情も認め難い。

以上のとおりとしても、文書提出命令の制度はもともと特定の原本が現存することを前提とするものであるからその作成がいかに容易であつても現存しない文書を作成したうえこの提出を命じることは文書提出命令の制度上不可能とも考えられる。しかし、前記1のとおり被告はもともと前記引用に係る本件青色申告決算書の原本を公平の見地から提出すべき義務があるにもかかわらず、前記2の守秘義務との関係でこれを免れるという特段の事情のある本件にあつては、右写しの提出を命じることはむしろ前記文書提出命令の制度の目的を、守秘義務との調和を図りながら可能な限り実現する方法として適当であり、かつ許容されるべきものというべきである。

そして、推計課税の推計の合理性が争われている本件事案の性質・内容に照らせば、本件青色申告決算書が証拠としての必要性を欠くものとも認め難い。

4  よつて、本件文書提出命令の申立ては主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 平田勝美 裁判官 能勢顯男 裁判官 金光健二)

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